ノンフィクションを考える

ジャンルを問わず、ノンフィクションな事例に非常に興味があるので、この夏はかねてから気になっていた第二次世界大戦後シベリア抑留者がどのような状況で囚われていたのかをネットで検索してみました。

ブログなどが多くアウトプットされてきます。

それを丹念に閲覧してみますが、今一つ実感が湧かなかったので、京都府舞鶴市にあるシベリア抑留引き揚げ記念館に行ってみました。

平成30年にリニューアルされたばかりです。

こんな記念館があることは、ネットで初めて知りました。

舞鶴の港に面して建っている、シャープな設計の館です。

周囲には海上自衛隊に関係した機関が多く存在しています。

記念館の中に入ると、引き揚げの一部始終をストーリーとした映画が上映されていました。

それを、横目でみつつ資料コーナーに歩んでいきます。

まず、召集令状の赤紙が展示されているのが目につきます。

なんとも禍々しい色です。

そして、捕虜となった兵士たちがどこへ抑留されていったのかを伝える、ユーラシア大陸の地図が目を惹きます。

遠くは黒海やモスクワなどにも連れ去られていたようです。

当時のソ連全体に抑留者は散在していたようです。

さらに奥へ進むと等身大の抑留者たちのジオラマがあらわれました。

粗末なカーキ色の軍服を何枚も着込んだ彼らは意外に小柄な体です。

これで、厳寒のシベリアで生活をしていたとは。

その展示から横の方に丸太で造った建物がありました。

収容所です。

ロシア語ではラーゲリ。

中にも入れるので、見に行きます。

入り口に立って、絶句しました。

5~6人ほどの収容者がいました。

窓の外はものすごい吹雪がうつっています。

この丸太小屋のなかで、薄暗い裸電球のぶら下がった室内にある粗末な板張りの3段ベッドで、ボロボロで横たわっている者、力なく座って手紙を読んでいる者たちがいたのです。

部屋中央で小さなだるまストーブが燃えているものの、室内は非常に寒いのです。

それなのに、麻袋でできたような布だけをかぶって泥のように寝ているのです。

いえ、もう命がないものもいたのかもしれません。

心配そうに友の寝顔を覗き込んでいるものもいます。

まさに地獄の様相でした。

自分なら、1日も持たない、身体というよりまず精神がやられるでしょう。

叫びだしたいような恐怖に襲われ、この館をあとにしました。

百聞は一見にしかずとはこのことです。

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